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2015年12月16日 (水)

戦時中の遺跡(大久野島)3

長浦毒ガス貯蔵庫跡、北部砲台跡

旧陸軍は1929年から終戦まで、この島で密かに毒ガスの製造を

行なっていました。主な製品はイペリットとルイサイトで、いずれも

びらん性ガスと呼ばれ、皮膚をただれさせる性質を持ち、製造期

(15年間)の総生産量は6616トンと言われ、第二次世界大戦後

進駐してきた連合軍の指示のもと日本人の作業者によって

この島にあった毒ガス工場や製品を1946年から約1年間かけて

薬品で消毒したり、太平洋の沖に沈めたり、火炎放射器で焼くなど

処分したそうです。

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ウォーキング  10284歩

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