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2016年10月20日 (木)

加藤嘉明公

松山城の創設者、加藤嘉明は羽柴秀吉に見出されて

その家臣となり、20才の時に賤ヶ岳の合戦において

七本槍の一人としても有名、慶長5年(1600)の関ヶ原の

戦いにおいて徳川家康側に従軍し、その戦功を認められ

20万石に、そこで嘉明は同7年に道後平野の中心部に

ある勝山に城郭を築くため普請奉行に足立重信を命じ

地割を行い工事に着手、翌8年(1603)10月に嘉明は居を

新城下に移し、初めて松山という名称を公にし、その後も

工事は継続され、四半世紀の後に松山城は完成。

(松山市HPより抜粋)

加藤嘉明公

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ウォーキング   20348歩

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